空に煌めく星の光は、昔に発せられたものらしい。私にはわからないけれど、あの星の中には、今はもう存在しないものもあるという。
 果たして、眼前の星がすでに存在しないということに気付ける人間は、どれほどいるのだろうか。



 ついこの前まであんなに暑かったのに、気付けばコートを着ないと寒い時期になっていた。秋ってあったっけと思うくらい、短かったと思う。紅葉しきれない木々は、無粋な色で路地を飾る。辺りはすでにクリスマスの雰囲気で、私は溜息がでた。クリスマスまでまだまだなのに、今この季節を楽しまない世の中に呆れたのだ。
 そんな世の中なんて気にせずに、冷たい空気は、ただただ今を楽しんでいるようだ。星の瞬きを夏のように熱い空気で歪めたりなんて無粋なことはしない。吐く息は、今はまだ白くならない。これ以上寒くなると、寒がりの私にとっては困る事この上ないだろう。
「冬は、息白くなりがちにてわろし。」
 私がぼそっと言うと、隣の征ちゃんがくすりと笑った。
「習ったことをすぐに応用して使うのは、良い勉強法だな。」
「そうでしょ。次の国語のテストは負けないよ。」
「それは大変だな。僕も頑張るよ。」
 征ちゃんが、また穏やかに笑うから、私までふふっと笑ってしまった。征ちゃんに勝ったことなんて無いから、きっと今回も負けると思う。だけど、私が勝負を挑むと征ちゃんが喜ぶから、私はいつも懲りずに勝負を挑むのだ。
「ねぇ、征ちゃん。私が征ちゃんに勝ったら、征ちゃんにお願いがあるの。」
「なんだい?」
「二人で公園に行って、星を見たいの。あったかい紅茶をね、水筒に入れて、二人で飲みながら。どうかな。」
 夜にデートをしたいと言っても、いつも征ちゃんが却下する。私が夜に出歩くというのが、どうやら嫌みたいだ。でも、征ちゃんはバスケ部で忙しくて、正直私が満足できるほど、二人でゆっくりしていられる時間はない。だから、夜に少しだけでも一緒にいたいと思ってしまうのは、普通のことだと思う。
「夜に外を出歩くのは感心しないな。は天体が好きなのかい。」
「ううん、別に。でも、二人で星を見るのって、なんだかとっても楽しそうだし。」
「それだけかい?」
「……前の、理科のテスト、星のところ、全然だめだったので、実物を見ながらお教えいただければ幸いと思っております……。」
 わたしが申し訳なさそうにそう言うと、征ちゃんはくすくす笑う。私のテストの結果なんて、全部頭に入ってるくせに。可愛さあまってなんとやら、だ。まあ、私としては勉強を言い訳に征ちゃんと夜デートできるかもしれないんだからいいんだけれど。
「そうだな……。がテストで80点取ったら許そうかな。」
 少し考えてから、征ちゃんが言う。ぎりぎり頑張れば取れそうな点数を指定してくるのが、征ちゃんのずるいところだと思う。
「教科、なんでもいい?」
「なんでもいいよ。」
 それならきっとなんとかなる。私がやったーと喜ぶと、征ちゃんがまた笑う。なんだか、私が子どもみたいじゃない。恥ずかしい。でも私たちはまだ子どもなんだからこれくらいで喜んでも許されるはずだ。少し気恥ずかしくて、空を見上げると、小さな星が少しだけ輝いている。

、知ってるかい。星の光は、僕たちの目に映るころには、もうずいぶん時間が経っているんだよ。」
「そうなんだ。じゃあ、私たちは星によってはとっても昔の星の光を見ているの?」
「そうだよ。僕たちが今見ている星の中で、もしかしたら今はもう存在しない星もあるかもしれないね。」
「なんだか不思議だね。」
 征ちゃんの豆知識講座は今に始まったことじゃない。だけど、私がそろりと征ちゃんの顔を見ると、なぜか深刻そうな、何か気難しいことを考えている時のような顔で星を見つめていた。星に何かあるんだろうか。私はまた星を見上げる。相変わらず小さなガラス玉のような星が少しあるだけだ。
「その星はもう存在しないのに、その残滓だけで、あたかも存在しているように見せているのは、なんだか……。」
 征ちゃんは独りごちる。やっぱり、征ちゃんは何やら難しいことを考えているらしい。征ちゃんは賢いから、私の理解を超えることはよくある。今日もそういうことだと思う。

 ひとしきり一人で考えてすっきりしたのか、征ちゃんが唐突に私に顔を向けた。
「そうだ。ねぇ、テストで僕が勝ったら、僕の事、『征ちゃん』じゃなくて、『征十郎』って呼んでくれないかな。」
「えー。でも恥ずかしいよ。それに、征ちゃんだって、征ちゃんって呼んでも今まで嫌がらなかったじゃんー。」
 人の呼び方を急に変えるのは、とても難しい。急に「今日から私の事、名前で呼んでね!」なんて、女の子に言われたって難しい。いわんや彼氏をや。
「オレはね、征ちゃんって呼ばれて嬉しかったよ。だけど、僕たちももう付き合ってずいぶん経つし、そろそろ名前で呼んでくれてもいいと思うんだ。どうしても嫌ならテストで僕に勝てばいい。」
 征ちゃんは少し寂しげに言う。そんな顔をされたら、私も断れない。だいたい、テストで勝ったらって、私が勝てるわけがない。相手は天才赤司征十郎。凡人がどうやって太刀打ちできるというのだ。私は、特に深く考えもせずに、征ちゃんの悲しい顔が見たくない、その気持ちだけで、その賭けともいえない賭けに乗ることにした。