あまりの暑さにいらついて、あと六条くんがこのクソ暑い中相変わらずのナンパ野郎っぷりだったのにいらついて、六条くんを誘拐したのが、つい1時間前だ。私の怒りについては、たぶん、世の中の人すべてが納得いくことだろう。



 今日は、久々に六条くんに逢える日だったのだ。私と六条くんは、ちょっと電車に乗ってさあ逢いましょうといえるレベルの距離のところに住んでいない。だから、今日が正直1年ぶりぐらいのデートだったのだ。一番会いやすい場所が東京だったから、東京駅で待ち合わせて、私たちは東京の街をぶらぶらとデートする予定だった。夏らしい白のブラウスに、紺のスカート。流行なんてわからないから、私なりの一番可愛い服。東京で浮くか浮かないかはよくわからないけれど、私の最大限の頑張りだ。
 それなのに、六条くんは予想通りというかなんというか、目の前に私がいるのも気にせず可愛い女の子に声をかける。幸いその子は断ってくれたけど、私としては気が気じゃない。だって、私は、1年ぶりなのに。六条くんに会えたの、1年振りなのに。38の度気温と、90%の湿度が、私の目の前をチカチカさせる。暑さと、六条くんへのイライラは頂点に達し、そして私は六条くん誘拐を企てたのだ。
 まぁ、企てたというより、なんというか、暑さでまいっていた私は、無言で連れ去るのも申し訳ないかなと思って、六条くんに弱弱しく
「ろくじょうくんをゆうかいします。」
とだけいって、彼の腕をひっぱって、東京駅で切符を買い、(六条くんは私の切符代を払おうとしたけれど、無視して六条くんの切符まで買ってやった。彼のプライドは傷ついたに違いない)そのまま、私は六条くんをやっぱり力なく引っ張って目的の電車に乗った。



 東京は人が多い。
 電車では途中まで座ることができなかった。体調の悪い私は、人の多さにさらに不機嫌になった。六条くんはどうやら体調の悪さに気付いてるみたいで、何も言わずに私を人混みに飲まれないように守ってくれる。誘拐犯を守る被害者ってなんだろう。でも、ありがたいのでそのままでいた。
 電車を降りると、今まであれほどいた人たちが急にいなくなってしまった。不思議だ。みんな何か目的をもって行動しているのはわかるけれど、今まで散々私を不機嫌にしていたひとたちが急にいなくなると、寂しくもなる。そんな、どうでもいいことを思いながら私は六条くんを誘拐したまま、次の目的の電車に乗る。ここでの六条くんは頑なに電車代を払いたがったけれど、私はまた無視して六条くんの切符を買った。どこに電車賃を払わせる誘拐犯がいるというのだ。ちょっとは考えてほしい。だけど、一日二回も切符をかってもらったことに不服らしく、六条くんは少しへそを曲げた。六条くんが、切符売り場を少し動いたところから動かない。ひっぱっても動かない。仕方がないので、どうしようと困り始めて、切符を見たら、たまたま6006の数字。
「ろくじょうくん、これ、りょうおもいきっぷだよ。ね、わたしたちのことだよきっと。これ、プレゼントにしたくて。」
 そういうと、六条くんは諦めてくれたらしく、やっと動き始めてくれた。六条くんとは、普通のデートも大変だけど、誘拐も大変だ。



 乗り換えた電車は、案の定空いていた。私は、六条くんを座席の隅に座らせようとしたけれど、それは却下された。自分の好きな女の子の隣に知らない男の人が座るのが嫌だという。そういうなら、仕方がない。徐々に飼いならされている気もするけれど、私は誘拐犯なのだけれど、機嫌を損ねるのはやっぱり回避したいのだ。なんだか少し言い訳に近い気もするけれど、私は六条くんの言うとおりに座った。
 がたんごとんがたんごとん。なんとなく東京の電車よりもうるさい気がする。東京では気づかなかった蝉の声もする。人がいないから、そう感じるのかもしれない。電車の揺れと、六条くんのにおいと、冷たいクーラーのおかげで、徐々に体調は良くなってきた。でも、その反動か、少し眠くなってきた。六条くんの方をちらりと見ると、特段眠そうでもない。
、寝てもいいよ。」
「んー。だめ。だって、わたし、六条くんを誘拐してるんだもん。誘拐犯は誘拐中に寝ちゃだめな気がする。」
 そう言うと、六条くんは笑う。
「ねぇ、どこに誘拐するつもりなの?まぁ、ハニーが連れて行ってくれるとこならどこでも天国に違いないけど。」
「それはないしょ。天国じゃなかったらどうするの?」
がいればどこでも天国だよ。」
 この電車の中も。あ、でももっと幸せになる方法もあるよと言う六条くんは、無視した。でも、逃げられたら困るから、六条くんの右手は私の左手で拘束しておいた。
 がたんごとんがたんごとん。規則的な揺れと音は、まるで心臓の音のようにも感じられた。ずっと拘束に使っている手は、しっとりと汗ばんでいる。



 目的の駅は、思ったよりも人はいないようだ。結局、私は電車で眠ることをしなかった。なんだか、せっかく六条くんと一緒にいるのに眠るなんてもったいなくて、必死で起きていた。特に話す方でもない私にあわせるように、六条くんは比較的静かにしていた。たまに二人でぽつりぽつりと話しただけだ。そんなことを思いながら、私は繋いだ手を離して、また六条くんの服を持つ。東京より多少はましだけれど、やっぱりとても暑いので、汗まみれの手で六条くんを拘束するのは忍びなかったからだ。
 
 少し歩いて、最終目的地に着いた。東京駅から1時間以上たっているのだから、「やっと」着いたと言えるだろう。幸いにもちらほらと、家族連れの姿が見えるだけだった。
、ここに来たかったの?言ってくれればバイクで乗せて来たのに。でも、ハニーと二人で見る川は格別だなー。」
 六条くんは目を細める。川の光の反射がきらきらと綺麗だ。たまに大きな魚もいるらしく、その影も目に映る。
「だって、遠いから。少しでも一緒にいたくて、長い時間一緒にいれる東京で会おうと思ったのに、六条くんってば女の子ばっかりみてるんだもん。」
「あー、悪かったって。でもそこに綺麗な女性がいれば、口説くのがマナーなんだよ。」
 カバンとサンダルを石の上に置いて、川に入る。川の水は思ったより冷たい。足にじんじんとしみこむような冷たさだ。
「私は、六条くんと本当にたまにしか会えないの。会ってる間ぐらいは私に集中してくださいー!」
「つめたっ!!!」
 むかついたので、川の水を思いっきりかけてやった。足元の小魚たちが逃げていく。六条くんは、笑いながらシャツと靴を脱いで川に入ってくる。
「誘拐犯が誘拐された人間にこんな仕打ちしちゃいけないんじゃないのー?」
 にまにま笑いながら、六条くんはたくさんの水を私にかけてくる。冷たい。ずるい、六条くんは手が大きいから、私よりもたくさん水をかけられるんだ。
「いいの。だって、六条くんを独り占めにするために誘拐したんだから!今日は、今日だけは、六条くんに水をかけていいの、私だけだもん!」
 明らかに分が悪いけれど、私の方が水びたしだけど、それでも私の今日の鬱憤は十分晴らせる。
「可愛い誘拐犯に誘拐されて、俺幸せ。世界一幸せ。次は俺に誘拐させて。絶対満足させるから。」
 ぎゅっと突然抱きしめられて、六条くんに包まれる。私としては、この機会に背中にでも水を入れてやりたいところだけれど、水なんて全然汲めない。
 私たちがこの場所にいれるのは残り三時間。この誘拐で、六条くんが反省する気配は、たぶんない。