petite mort


「どうして死にたいのか、せっかくだから詳しく聞かせてくれない?せっかく一緒に心中するんだしさ。」

目の前の男が私たちに優しく微笑む。
私はなんだか胡散臭いこの男を興味深げに見ていた。
沈黙が流れる。
このままでは一向に話が進まないと思ったのだろうか、奥の女性からということで話し始めることになった。

一番奥の女性は、就職難が理由らしい。
確かに今のこの大不況は、未曾有の危機だ。
新聞は毎日この不況を面白おかしく書きたてているが、当事者たちは堪ったもんじゃないだろう。
評論家たちは楽しく議論を進めてはいるが、改善される気配はまるでない。
いつまで続くかわからないこの不況が彼女を殺すのかぁ、と私はぼんやり考える。
きれいに化粧された彼女の顔、それに整えられた髪は、清潔感が溢れていて普通の状況ならきっとどこかのOLとして採用されていただろうと想像する。
まぁ、死ぬ彼女にとっては今となってはどうでもいいのかもしれないけれど。

次に私の横に座る真ん中の彼女は、失恋が理由らしい。
なんとも青臭い理由だと私は思うけれど、私が本気で誰かを好きになったことが無いからかもしれない。
それかよほど良い男だったんだろうかと話を聞いていると、どうやらそうでもないらしい。
男は彼女ともう一人の女性を二股し、さらに相手側(彼女いわく"浮気相手")を妊娠させたから結婚する、といった流れらしかった。
彼女は男がいかに駄目な男であるかを熱弁し、そして自分がいかにかわいそうかを熱心に私たちに聞かせてくれた。
奥の就職難で死ぬつもりの女性が熱心に頷くので、失恋で死ぬつもりの女性は余計熱を入れて話したのかもしれなかった。
私からしたら、愛した男を悪く言えば言うほど自分の価値が下がると思うので、なんとも微妙な気分で彼女の話を聞いていた。
目の前の男は、二人の話を優しい、すべてを許すかのような目で見つめながらうんうん、と聞いていた。
特にどちらの話を熱心に、というわけでもなく、どちらも同じだけ聞いているようなイメージだ。
この男は、死ぬ理由などほんとは大して興味がないんじゃなかろうか。

一通り、この失恋で死ぬつもりの女性の話が終わったところで、私の番が来た。
「私の将来に対する唯ぼんやりとした不安です。」
と、スッキリ一言でまとめてみた。
それを聞いて就職難で死ぬつもりの女性は、一際大きく頷きながら、わかると呟いた。
それに対して失恋で死ぬつもりの女性は、そんなぼんやりとした程度の不安で死ぬなんて、と言いたげに怪訝な顔で私を見つめた。
「ねぇ、それってうつなの?それとも小説家気取り?」
目の前の男は、どうやら前の二人の話よりも興味がでたらしい。
今まで質問もしなかったくせに、ややこしいところでこの男は…。
「病院に行ったことがないからわかりませんし、どうでもいいことです。」
冷たく言い返したけれど、男はさらに興味を持ったのか、楽しげにこちらを見つめてくる。
あぁ、絶対この男も死ぬつもりはないんだなぁ、と直感的に感じる。
「どうでもいいって、君、変わってるって言われない?あ、そうだ。死ぬ前に何かしたい事ってあるかな?」
どんどん饒舌にしゃべりだす男は明らかにこちらを見て話す。
私は目線を隣の二人の女性に向ける。すると無言で首を振ったので私もそれにならって首を振った。

「じゃあさ、みんな死んだ後はどうするのかな?」

どうするってどういうこと?わたしがキョトンとしていると、どちらかが、
「え・・・・・・それって、天国ってことですか?」
と男に尋ねた。続けてもう一人が、
「奈倉さんは、あの世って信じてるんですか」
と畳み掛ける。
「二人はあの世って信じてない?」
男がそういった時点で、私はもう、このオフ会に興味がなくなった。
どうやらこの男は、単なる宗教勧誘だったんだろう。
さて、いつ帰ると切り出そうか。

私がこのオフ会に参加を決めたきっかけは、この、奈倉という人に興味があったからだ。
嫌なことがあると、私はすぐ自殺サイトで他人の不幸や悩みをみる。
そうすると、自分の悩みがどうでもよくなってくるのだ。自分でも変な趣味だと思うけれど。
そんな中で、明朗でひたすら前向きな自殺オフ会の催しをする書き込みを見つけた。
といっても、それだけでは別に興味はなかった。
案外そういう書き込みは多いから。
ただ、その書き込みは明らかに今朝着た出会い系のスパムメールの改竄で、私はそこに興味を持ったのだ。
普段なら、それくらいスルーしたかもしれない。
だけど、普通のマンネリと化したこの日常に少しだけスパイスが欲しかった。
そのスパイスのためにちょっと命をかけてもかまわないと思ってしまった時点でだいぶ病んでるかもしれないことは認める。
もしも全員本気で死ぬつもりなら、私が抜けようとしても抜けられない可能性もでてくる。
何より、このスパムメールを改竄した「奈倉」という人物が、本当はヤクザとかそういった筋の人間なら、きっと臓器が狙いだ。
確実に殺されて終わりだろう。
今日は話を聞いて適当に逃げるつもりだったけれど、万一死ぬことになったら警官の友人に今日のオフの主催者についてある程度詳細な手紙が届くように仕向けられている。
「奈倉」が死ぬつもりなら、別になんら問題ないが、もしもその筋の人間なら捕まるように、と思って。
別に正義感なんかじゃない。殺されたらむかつくからという単なる腹いせだ。

さんはどうなの?あの世って信じてない?」
急に私に話がふられたので、私は少しびっくりして肩がびくっと震える。
なんてしょうもない終わりだろう。
「どうでもいいです。」
と、だけ答えた。男はびっくりしたあと、いやらしくニヤリと笑った。
まぁ、男はどうでもいい。そんなことより帰ろうにもこの男がドアの前に居るから帰りづらい。
トイレとでも言って逃げようか。
「それこそ自殺者の鑑だよねぇ。それに比べて君たちは一体何なの?」
男はそれから横の二人をある程度の理論攻めをしている。
ちょっと面白くなり始めてきた。
この男が死ぬつもりはないと言ったら、隣の女性二人は大激怒である。
このまま修羅場ったらいいのに、と思って何気なく下を見たら、大変なことに気付いてしまった。
この男、さりげなく私が逃げられないように足をカラオケの機械の方に開いている。
しかもなんだこの大きなスーツケース・・・・・・。
男の顔がどんどん歪んで見える。
決定的な何かを言ってしまう前に、早くこの男が白状する前に私は逃げ出さなければ。

「いやー、ははは、さっき言った『死んだ後はどうするの』っていうのは、まあぶっちゃけ、お金の話なんだけどね」
これは、もしかしたらもしかしなくてもその筋の人に当たってしまったのかもしれない。
三人で力を合わせればなんとか逃げ出せるかも!と思うが二人は顔面蒼白でとてもそういったことを考えられそうにない。
いまやこの男の話す内容なんてどうでもいい。
でも、やけにこの男はゆっくりと話す。
ゆっくり染み渡るように人の欲望にまみれた顔で、私たちの体にあわせたスーツケースに関することと、隣の彼女たちの体調の変化を告げる。
彼女たちは徐々に恐怖で顔を強張らせていく。
まるで死の宣告だ。実際死の宣告だけど。
私も恐くて仕方がないが、幸いジュースは飲んでいない。
このままでは仕方ない。一か八かでかけるしか!
立ち上がって逃げ出す。奈倉は私の手を引いて自分の上に座らせて、首にナイフを突きつける。
「ねぇ、俺がドアの前で通せんぼしてたの、いつから気付いてたの?」
隣の彼女たちに助けを求めようにも、すでに意識を失っている。
最悪だ。三人で人に役立つ臓器になるしかないのか。
「ねぇ、聞いてる?俺、待たされるの嫌いなんだけど」
ナイフが少し首に食い込む。
「さっき。あんたが言う直前。ねぇ、私死ぬつもりないんだけど。」
「え?それは残念だなぁ。俺、てっきり君は死ぬつもりなんだと思ってたんだけど。」
さも残念そうに私を見つめるその目は、まるで新しいおもちゃを見つけた子どものように爛々と輝いている。
「ねぇ、もういっそ死んじゃわない?俺、君なら素質があると思うんだけど。」
そんなことで殺されるのも、自殺するのも嫌に決まってる。
だから私はきっと人生で一番綺麗な笑顔で君に言う。
「それは嫌だなぁ。小さな死を二人で迎えるぐらいで、譲歩してくれない?」
「それはそれは情熱的だね。いいよ。そこのゴミをちょっと捨ててからしよっか。ね、ホテルがいい?俺の部屋がいい?」
どうでもいい。そう呟いたらこの男はまた嬉しそうに笑う。
「君ほど俺に似てる人、初めて出会ったよ。これ、運命だよねぇ。」

こんな運命あってたまるか!