折原臨也。彼のせいで私の平凡で楽しい人生は終わりを迎えたのであります。
ってさ、どうしてそんなにデブなの?」
始まりはこの一言これでした。忘れるべくもありません。中学生にとって最大の楽しみのひとつである昼食の時間が、その時目の前にいた細身の男子のせいで一瞬にして砕け散りました。名前ですか?言うまでもありません。彼こそ先ほど述べた折原臨也、私の未来の宿敵です。

「折原くんひっどーーーーーい!!さん、気にしなくていいからね!」
一瞬の静寂のあと、一緒にごはんを食べていたグループの一人が言った。彼女は細くて可愛いうちのクラスのちょっとしたマドンナだ。そんな彼女が恋する、いや、恋していたのはいま空気を一瞬にして壊した折原くん。先日、みんなの前で彼女は盛大に折原君に告白したのだが、
「俺、君と付き合ってもなんにもメリットがないんだよねー。」
と手ひどく彼女を振ったがために、彼女と彼女をマドンナと信仰する男子に嫌われている。
「それにしても、こうやって横にデブを置いて自分をより可愛く見せようとするところなんて、ほんと可愛いよねぇ。」
えらくひどい言われようだった私は、もう少しで涙腺が決壊しそうだった。まぁ、確かにその当時デブでしたけど。ふつう女の子に、しかも思春期を迎えた女の子にそんなこと言わないだろう。それに私の当時のメンタルは、見た目によらず結構か弱かったのだ。私はデブと誹謗されて確かに泣きそうだったけれど、実際それだけの害しかなかった。このことばを言われるまでは。
「でも、って痩せるとたぶん俺好みになると思うよ。」
ははっと笑いながら、先に昼食を済ませていた折原君は教室から出て行った。残される微妙な雰囲気。そんな異様な雰囲気の中で、私は生まれて初めて家族以外に容姿を褒められて、少しだけ嬉しかった。生まれてこの方、ずっとふくよかだったから、健康そうね!とは言われても、そういった容姿に関する褒めことばはもらったことがなかったのだ。しかも、さっきまでの罵倒されていたのでうれしさ倍増。これがDV心理なのね、なんて大人みたいなことを頭の中に過らせていた。
さんは、今のままで十分だよ?」
なんて、可愛く彼女に言われていたのに私はその真意も考えず、ただただありがとうを繰り返していた。

次の日から、彼女にたくさんのチョコレートや唐揚げや、とにかくカロリーの高いものをたくさんもらった。そう、彼女はまだ折原君のことが大好きだったのだ。まぁ、そんな地道な努力をする前から、彼女が折原君を好きだってことはクラスでは口に出さなくてもわかっていたことだったので、特に私は疑問に思わなかった。むしろ、おいしいものが大好きな私はラッキーぐらいに思っていたのだ。ただ、困ったことに彼女の折原君への愛は、私にカロリーを与えるだけでは留まらなかったようで、徐々に私の宿題を隠したり、教科書を隠したり、果ては体操服を隠したりし始めた。表では仲良くしているのに。私がひそかにいじめられていることを、私のいたグループの女子たちはもちろん、クラスメートは全員知っていただろう。子どもってそういう空気に敏感だ。大人だけが鈍感なのだ。大人は気づかないからもちろん庇ってくれないし、クラスメートも友達だと思っていた子たちもいじめはしないが庇ってなんてくれない。彼女のか弱くて美しい容姿がこのクラスをまとめる目印となっていたので、それを反故することなんてできなかったのだ。
彼女の秘密裏に行われた嫌がらせのおかげで、私の体重はみるみる落ちていった。と、いうのも私のメンタルは本当に弱かったのだ。しかし、脂肪が減ると同時に私のメンタルは逆に強くなっていった。私の体重が減るのに合わせて、折原君がちょっかいを出してくるから、さらに嫌がらせはひどくなっていって、私はもう脂肪に守られているわけにはいかなかったのだ。

さー。痩せてほんと俺好みになったよねー。」
卒業式も間近に控えたある日、折原君は突然また何やら言い出した。私は、もうその頃どちらかといえばスレンダーな体と、屈強な精神を持ち合せており、入学当時の、いや、例の事件までの私と正反対になっていた。とはいうものの、事態は私が教室に居辛い状態にまで悪化していた。教室から異質なものとして排除される、という点において、私と折原君は同じ仲間だった。ただ、私は折原君が心底嫌いになっていたので、できる限り彼と一緒にはいたくなかったから、大抵屋上に続く階段で一人ひっそりと本を読むのが日課にしていた。まさか、この場所をこの男に知られているなんて知らなかった。自称情報屋なだけはある。
一瞥することもなく、ひたすら本に目をやる。実際文字なんて頭に入ってこない。屈強な私の精神は、全ての元凶である折原臨也をガードすることはできないようだ。定期的にページをめくる。いつまでここにいるつもりだろうか。私の数少ない安息の地なのに。
「くしゅん。」
よく考えれば三月といえど、今日は真冬並みの寒さだった。くしゃみついでについつい顔をあげると、予想しない近さで折原君がいた。
「意外に整った顔してるよね。あんなにデブだったのにさ。あのころのは一体何でできてたんだろうね?」
顔をあげてしまったのだから仕方がない。
「あのころの私は、たぶん、砂糖とスパイスと脂肪でできてたんでしょうね。」
「じゃあ今は?」
「砂糖とスパイスと折原君への殺意でできてるよ。」
こちらとしては、本当に仕方なしに折原君の話し相手をしてあげたというのに、ついでに言えばさっさとこの場所から立ち去ってほしいがために言ったのに、折原君はとてもうれしそうな顔で鼻歌まで歌っていたので、まあ、今日だけは許そうと思う。

What are little girls made of?


君は中身まで俺好みになってくれてたんだね!