【注意】

性別不詳巨体夢主です。ご注意ください。
読んで不快になった等の苦情は受け付けません。






 新宿のとある高級マンションの一室で、その部屋の主には似つかわしくない若い青年が窓の下を見ている。窓の外ではぽつぽつと雨が降っているらしく、いくつか透明な線ができており、道を歩く人々はちょうど半々の割合で傘を差している。
「人が道から踏み外すかどうかなんて、このくらいの確率なのかもしれないねぇ。」
 眉目秀麗ということばが似合いそうな青年は、相変わらず下を向きながらどこか寂しげに苦笑している。本来この部屋にもう一人いるはずの彼の秘書がそれを聞けば、「あら、今日は新宿に自販機でも降るのかしら。」と、仕事をしながら戯れに声をかけていたのかもしれない。しかし、今この部屋には主である青年一人だけである。今日、秘書は通常より早く帰らせた。彼の残り少ない良心がそうさせたのかどうかはわからない。ただ、今日彼が会う予定にしている人間は、彼の数倍クセのある人物である。少しでも気を抜けば、全て食うような人間なのだ。それは、もちろんその場にいる人間全てを。

「自室に年上の女性を連れ込むなんて、偉くなったものねぇ、臨也くん?」
 確かにその部屋には青年一人だったはずなのに、いつの間にか青年の背後に一人の人間が立ち、そっと青年の腕に手を絡ませようとしている。本人は「女性」と言ったが、見た目から性別を判断することは難しい。青年は驚くそぶりも見せず、
さんは相変わらずですね。せめてチャイムくらい押して欲しいなあ。」
と、涼やかな顔をしての手をさりげなく振り払いながら背後の人間にソファーに座ることを勧める。二人分のソファーに狭そうに座るの姿を極力見ないようにして、臨也はコーヒーを淹れにキッチンに立った。傍から見れば、美青年と野獣といった感じでコントラストが鮮やか過ぎるところだろう。

「それにしても、私に頼み事だなんて何年振りなのかしらねぇ。」
 厭らしい笑みを浮かべながら、コーヒーを出した臨也の手を片手で強めに握る。もう片方の手は、掴んだ手をまるで大事なものを触るようにそっと何往復も、優しく撫でまわしている。
「今回は結構大きなゲームなんです。あと、極力さんの手は借りたくないですよ。代償が高いじゃないですか。」
 臨也は、苦笑という表情で上手に自分の本心を隠す。

 初めてに出会った時、彼はまだ学生であった。情報屋とは程遠く、せいぜい学校の情報通で、その時はまだこちらの世界に足を踏み込んでなどいなかった。本当に普通の学生だったのだ。ただ、その学校の情報の中の一つに、残念というべきか、おかげというべきか、意図的なのか、偶然なのか、とにかくへと繋がるものがあった。
 は、古参の情報屋である。といっても、今の臨也とは比ぶべくもないほど規模の小さな情報屋である。しかし、出会ったばかりの頃の臨也にとって、が大層偉大にみえた。あの時そんなことを思わなければ、臨也もまともで退屈な人生を歩むことができただろうし、妹たちもあんなふうに狂ったりなどしなかっただろう。ともかく、臨也はに情報屋となるためのノウハウを教えてもらったのだ。当時は純粋に人を知りたかっただけなのに、が邪まな欲求を満たすために情報を使うさまを見て、彼の純粋な好奇心は次第に穢れていった。今のように人を知るために他人を陥れるようになったのは、明らかにのせいだと臨也は思っている。
 先ほど、は規模の小さな情報屋と書いた。確かに今の臨也に比べればこじんまりとしか言いようのない規模である。しかし、実際は自分の好みの客しか相手にしない選り好みをするが故の客の少なさだった。扱う情報も特異なものが多いので、あまり一般受けしない。よほどのお気に入りでなければ、自分の得意な分野以外の情報も与えない。あまりにも客層は狭いが、副職であるから食うに困ることもないらしかった。実際の職は臨也も知らないし、知りたくもない。の鼻を明かそうとした兄弟子が失踪したり、精神を壊したり、どういうわけか逆ににベタ惚れになるという始末だ。だから臨也は、何があってものことは調べたくない。そして絶対に逆らわない。の好きにさせておくのがいいことを、頭ではなく、体でわかっているのだ。
「で、今回の報酬はどっちにするのよ。」
「これをどうぞ。」
 臨也はアタッシュケースを二つ、に渡した。の報酬は、尋常じゃないことで情報屋の間では有名だ。それでも、にしかつかめない情報があるので、泣く泣く頼むことになる客も多い。払えない客は体で支払うしかないが、なぜかと寝た客は無しには生きられなくなるらしい。が飽きたら適当に売ってしまうので、その後は定かではない。
「あら、残念ね。」
 は本当に残念そうに最後にもう一撫でしてから臨也の手を離した。体がはまったのだろうか。体をゆすりながらソファーからなんとか立ち上がり、アタッシュケースを持って部屋から出て行った。あの巨体でどうやって相手を自分に溺れさせるのだろうか、と臨也は疑問に思うが、それを知るためにあの巨体に体を売る勇気はない。なにより、アレは自分の愛する人に含めても良いのかもわからない。いずれにしても、今はその時ではないと思いながら、とりあえず、雨がざあざあと降るのも構わず換気をするために窓を開けた。