「「あ。」」

 一瞬で私の今月のお小遣いの残りすべて(250円)が飛び散った。一部は通行人にぐしゃっと踏まれていて、何これまじ最悪―!とかホスト風の男が呟いている。

さん!?うわ、ほんまゴメン!!!」
「あー。別に……いいよ……。」

 そんなことを口から吐き出しながらも、私は哀れな小遣いの最期を見届けるので精いっぱい。落ちたたこ焼きから目が離せない。正直、だれが原因でたこ焼きがだめになったかはどうでもいい。私のなけなしのお小遣いの最期が、まるで夢のかけらのように道に散らばってしまって、しかももう食べられないことの方が重要なのだ。謝罪でたこ焼きが食べられるか?答えは否だ。

さん?あんな、謙也、めっちゃ反省しとるし、せめて目ぐらいあわせたってくれへん?」

 私はそこでやっと、私のたこ焼きをブッ飛ばした相手がクラスメートの忍足くんで、しかも一緒に白石くんまでいることに気が付いた。いやはや、こんなにけち臭くたこ焼きを見つめている姿をまさか二人に見られているとは思わなかった。少し恥ずかしい。

「あー。ごめんね、忍足くん。忍足くんを責めてたわけじゃないんだ。ちょっと、悲しかっただけで。」
「え?そんなに??ほんまごめん。」

 忍足くんは驚いた顔をして私に再び謝罪した。その、あまりの驚きました的な顔が、私の癪に障った。暑さも相まって、私は忍足くんにイライラをぶつけてしまった。と、いうのも、今日、私は道頓堀のたこ焼き屋さんで、たこ焼きを買うためだけにここまで自転車を漕いできたのだ。本当は地下鉄に乗りたかったけど、乗ったらたこ焼きを買うお金が無くなっちゃうから、泣く泣くこのくそ熱い中、自転車を漕いできたのだ。お茶すら持参だ。忍足くんに怒りをぶちまけながら、私はまた悲しくなってきた。むしろ空しくなってきた。どれだけこの悲しさや怒りをぶつけても、私のたこ焼きは帰ってこないのだ。あぁ、私のたこ焼きよ……。せめてそこらへんにいる鳩や、夜になるとどこからともなく現れる巨大ネズミにでも食われておくれ。

「なぁ、さん。さんがそんな怒るんも当然やと思うわ。そこまでして買うたたこ焼きやったら、金ちゃんなら暴れとるところや。謙也に弁償としておごってもろたら?」
「え、それはなんだか、それは悪い気が…。」

 さっき忍足くんに当り散らしたし。暑さにやられてよく考えなかったけど、忍足くんと白石くんは、我がクラスの中核だ。そんな二人にこんな迷惑かけたら月曜日からいじめられるかもしれない。まぁ、そんなことこの二人はしないけど。少なくともちょっと挨拶しにくくはなるかもしれない。そんなことを考えていると、白石くんがちょいちょいと私を呼び、こそこそと話し始めた。

「実は謙也な、また彼女振ってん。それで俺がわざわざ道頓堀まで出向いて謙也になんで振ったんか聞く予定やってんけど、俺今まで一回も謙也が何であんなにすぐ振るんか教えてもろたことないねん。俺より、さんのほうが、きっと謙也も話しやすいと思う。俺は飲み物代おごるから、謙也の愚痴も聞いたってくれへん?」
「あー。そういうことか。わかった。できたらコーラがいい。」

 白石くんのおごりが飲み物だけという、3人の中で一番損害の少ない役割も気になるけど、私はぼんやりと白石くんの提案を受け取った。忍足くんは私たちが話している間、白石くんと私を交互にきょろきょろと見比べていた。

 白石くんからの説明に頷いてから、「さん、そこのベンチ座ってて!」と言って、ダッシュでたこ焼きを買いに行った。それを見届けてから、白石くんは、「ほな頼むわ〜。」と軽く言って横の自販機からウーロン茶を買って私に渡して、コーラはだめという無言の返事を残し立ち去ったのだった。

「お待たせ。ほんま、ごめんなー。」
「はや!ありがとう。」

 忍足くんからたこ焼きを受け取る。このくそ暑い日を喜ぶように、鰹節は陽気に青のりを飾りにして踊っている。哀れ、彼らは30分後にはこの世に存在しないだろう。合掌。ひとつ口にいれると熱くてしゃべれない。きっと舌を火傷した。でも美味しい。ここのたこ焼きは他より粒が大きいし、たこも大きくて、本当に大好きだ。ほふほふしながら隣の忍足くんを見ると、「ほんま美味そうに食うなぁ。」とか言ってる。美味そう、じゃない。ほんとに美味しいんだよって言いたいけど、口の中のたこがまだもう少し自分に専念しろと反抗してくる。愛いやつよのう。やっとのことで飲み込んで、ウーロン茶を飲む。至福の時間だ。一粒目をじっくり味わったあと、忍足くんにたこ焼きを渡した。

「はい、次忍足くんの番。熱いから気をつけて、ゆっくり味わって食べてね。」
「え、でもこれ、さんのやん。俺欲しかったらもう一舟買うてくるし。」

 慌てて買いに行こうとする忍足くんを、私はすぐさま引き留めた。

「忍足くん。たこ焼きが何のために粒になってると思ってるの?一緒にいる人と分け合うためだよ?」

 そこまで言うと、忍足くんはやっと納得したように頷いて、一粒目を口にした。

 忍足くんは、四天宝寺のテニス部レギュラーであり、その上放送委員やバンドまでしているから、なんせ目立つ。しかも親が医者。女の子が放っておくわけがない。だから、いつも誰かと付き合っている。そう、「誰か」と。彼の付き合うサイクルは短い。噂によれば最短3日で別れたらしい。別れてもすぐに次の子と付き合う。そしてすぐ別れる。このサイクルはまさしく「浪速のスピードスター」の名に相応しい。毎回疑問なのは、なんでそんなにすぐに別れるのかということである。だから、今回白石くんの提案に乗ったのだ。
 しかし、今はそんなことどうでもいい。今、このたこ焼きをおいしく食べているということが重要ではないだろうか。白石くんには悪いけど、聞き出せなかった、とでも言っておこう。お茶代は、お小遣いもらってから返そう。

 お互いにたまに話しながら、二粒目、三粒目、と交互に爪楊枝でつつく。道頓堀川はゆっくりと流れていく。相変わらず汚い。道頓堀川を行く船に一体何が楽しくてわざわざお金を払って乗るのだろう。向こう岸のラーメン屋さんはどうしていつも混んでるんだろう。並んでまで食べるほどおいしいのか。このたこ焼きの方がずっとおいしいと思う。ひっかけ橋は今日もナンパがあるんだろうか。私は一度もナンパされたことがない。忍足くんも、ひっかけ橋でナンパしたことがあるんだろうか。

「忍足くんもひっかけ橋でナンパするの?」

 特になんにも考えずに思ったことをそのまま忍足くんに聞いたら急にむせ始めた。たこ焼きがのどに詰まったんだろう。もったいない。私は背中をとんとん叩きながら、白石くんにおごってもらってウーロン茶を差し出す。一気にウーロン茶をのどに流し込む。むせたせいか顔を真っ赤にして、うなだれた。


「俺なー。好きで色んな子と付き合って、すぐに別れてるわけちゃうねん。」

 えらく落ち込んだ声だったので、私はとりあえず、最後の五粒目を食べようとする手を止めて聞いた。いつの間にか、忍足くんは自分の分のたこ焼きは食べ終わっている。

「告白されるから付き合うねんけどな、なんか毎回ちゃうなってなってまうねん。デート、小遣いすぐ無くなるけど楽しいし、付き合う子らも可愛いけど、なんか、ちゃうねん。そもそもなんで女の子は自分のもん自分で買えへんのん?欲しかったら自分で買うたらええやん。」

 忍足くんはところどころ、ゆっくりつまりながら、話した。そして、足元を見ながら、暗い顔をしてはぁと溜め息をついた。忍足くんは、なんとなく気づいているんだろう。自分が普通の付き合いをしていないことを。そして、私に答えてほしいことばは、たぶん、一つしかない。

「ならもう、無理やり付き合わなくていいじゃん。普通自分のものは自分のお小遣いで買うし。そもそも忍足くん、好きじゃないんでしょ?」

 忍足くんは、目を丸くして私を見る。なんだ、忍足くんってば意外に純粋で馬鹿じゃん。

「……そやな。ありがと!元気出たわ!」

 瞬時に最後の一粒を忍足くんが食べた。私のラストたこ焼き!!!叫んで背中を殴っても、もう私の胃には入らない。ちくしょう。やっぱり私ばっか損じゃんか!

「来月小遣いもろたら、お好み焼き奢ったるから許して!」

 忍足くんは笑う。今までで一番の笑顔だ。実に腹立たしい。