「今日、寒いねぇ。」
「そうですね。」
 外はもう真っ暗だ。この前までこの時間帯はきれいな夕暮れで染まっていたのに。黒子くんと見た落ち葉は、なんだかとても綺麗だった。黄色と赤色のグラデーションが木と道を飾っていて、そこを歩く黒子くんは絵になった。横に私がいて申し訳ないくらい黒子くんは綺麗だった。それが、いまじゃこの時間帯はこんなに真っ暗で、黒子くんの儚げな姿を見失わないか心配になる。街灯と自販機、それに家やビルから漏れる心細い光だけが頼りだ。太陽が隠れてしまうだけでこんなにも不安になるなんて。

 黒子くんと一緒に帰り始めたのは、たまたま部活の終わる時間が同じで、帰る方向も同じだから。いつの間にか一緒に帰るようになっていたのだ。いつも私が一方的に黒子くんに話しかけて、黒子くんが相槌やツッコミをいれてくれる。黒子くんと一緒にいると誰よりも落ち着くことに、最近気づいてしまった。そういう意識をすると恥ずかしくなるから、今はまだ気づいてないことにしてる。

「もう真っ暗だねぇ。」
「そうですね。さんがいなかったら、本が読みづらくて困ってしまうところでした。」
「なにそれ。暗くなくても歩きながら本を読んじゃだめだよ。危ないよ。」
「大丈夫です。慣れてますから。」
 黒子くんを覗き込むと、どういうわけかほんのり照れてる。黒子くんは無表情に見えても、見慣れると表情がわかる。結構ころころ変わるからおもしろい。たとえ心もとない光でも、肩が触れ合うほど近ければ、黒子くんの顔だってよく見える。あまりにもじーっと見つめるわけにはいかないから、上を見上げれば、月がない。
「今日はお月様も出てないねー。」
「新月ですね。」
 黒子くんはほとんど相槌に近いようなことばを吐いた。それでいつもよりも暗さが気になったのか。納得した。
「なんだか寂しいね。お月様がないと、空が。」
「確かに、いつもあるものがないとちょっと物足りませんね。」
 黒子くんはいつもどおり、私に同意する。
「でも、月がないおかげで星がいつもよりきれいに見えますよ。」
 ほら、と黒子くんの、寒さのせいで赤くなった指の先の方を見ると、空気の汚い東京でも、確かにいつも以上に輝く星々が見える。残念ながらそれがなんという星か、なんという星座か私にはわからないけれど。それでも確かに弱弱しく光輝く星たちが私たちを照らしているのだ。夕焼けのように私たちを赤く染め上げるほどの力はなくても、私たちを見守るようなその優しい光は、なんだかどこかで感じたことがある気がする。
「いつもよりたくさん星があるから、なんだか十分に思えてきたよ。すごいね、黒子くん。大発見だよ。」
 私は笑う。一人なら絶対気づかなかった。もしも、今日一人で帰っていたら、夕飯のことで頭がいっぱいになってて絶対気づかなかった。黒子くん、ほんとすごい。
さんが一緒に帰ってくれているから、僕も気付くことができました。本を読んでいたら、きっとこの目で見て、きちんと知ることはできませんでしたから。」
 黒子くんも同じことを考えてくれてて嬉しい。この頼りない光で本を読めるかは甚だ疑問だけど。にやにやする顔をマフラーで隠しながら、ありがとって小さく呟いた。黒子くんは、じっとこちらを見たあと、また空を見た。
「……月は、あってもなくてもいいのかもしれません。僕の隣にさんがいれば。」
 黒子くんは別に何も思わないようにそのまま空を見ている。ものすごい口説き文句なのに、本当になんでもないようにしてるから、言われた方が困る。顔が熱くて仕方ない。たとえ新月でも私の顔の赤さは黒子くんに御見通しだろう。恥ずかしい。またちらっと横目で見れば、やっぱり相変わらず別になんともないような顔をしていて、そこがまたとっても悔しい。黒子くんのばか。

「それにしても今日、さむいねぇー。」
「何度目ですか。確かに寒いですけど。」
 誤魔化すように反射的に呟く。独り言に近いような私の呟きにもきちんと答えてくれる。律義なひとだ。だけど、黒子くんだって鼻真っ赤だし、相変わらずいつも通りだけど、本当に寒いんだと思う。なんだか、そんな黒子くんがおかしくて、ふふふと笑ってしまった。
さん、危ない!」
 急に黒子くんが私の手を引っ張って、歩道側に引き寄せる。後ろからおばちゃんがごめんねー、ありがとうと笑いながらゆっくり自転車で追い越していく。そんなに危なくなかったけど、それ以上にびっくりしたのは、黒子くんの声だ。黒子くん、意外に声出るんだ。
「あの、あり、ありがとう。」
「いえ。でも、気を付けてくださいね。」
 声の意外さに驚いて今更気づいたけど、よく考えたら手を掴まれたままで、ものすごく恥ずかしい。でも、離したくない。黒子くんは器用に掴んだ手をかえて、さりげなく車道側に移動した。黒子くんからも手を離す気配がなくって、中途半端に私たちの手は繋がれている。顔だけ熱いまま歩く。よかった、冬で。早く顔のほてりをさましたい。黒子くんがこっちを見てしまう前に。早くはやく。