楽しみで、ものすごく早く起きてしまった。時刻は午前五時。いつもならぐっすり寝ている時間。今まで今日という日をどれだけ楽しみにしてきたことだろう。今日は黒子くんと初めてのデートだ。
 昨日の晩も散々長風呂したくせに、手持無沙汰からお風呂でまた念入りに体を洗った。なんというか、下心はもちろんないけど、やっぱりきれいな体で黒子くんに会いたいから。
 お風呂上りに、ちょっとお母さんの化粧水と乳液を借りて、いつもより高いスキンケア。デートなら、きっといつもより黒子くんが近いだろうから、もしかしたらお肌もバッチリ見られるかもしれない。いつものドラッグストアで買うスキンケア用品だと心配だ。唇には今日のために買った色つきリップで保湿。これは、その、きっと無いと思うけど、もしものために。
 横になる前に何時間もかけて悩んだ洋服を着て、鏡の前で最終チェック。白のブラウスに赤のカーディガン。黒のスカートには小さなお花の刺しゅうが裾をぐるっと彩っている。私の一番お気に入りのスカート。少し丈は短いけれど、いやらしさなんて感じない、どちらかと言えば清楚な感じだ。黒子くんの好みはまだよくわからないけれど、きっと、こういう感じが好きだと思う。そもそも、私の一番可愛く見える服はこのコーディネートだから、もしもこのタイプの服が嫌いだったらどうしよう。頑張り過ぎかな、ちょっと不安になってくる。
 一旦、服を脱いでもう一度ハンガーにかけなおす。こんな時間からめかしこんだら、お母さんにすぐばれちゃう。それだけは避けたい。
 携帯の目覚ましが、きちんとセットされているのを確認して、私はもう一度布団にもぐりこむ。あと少しでアラームの鳴る時間。お母さんが朝ごはんを作ってくれる音がする。アラームが鳴って少ししてから、やっとお母さんが私を呼びに来てくれた。いつも通りを装うけど、なんだか口がニヤニヤしてしまう。お母さんは、なんだか今日は機嫌がいいわね、と言ってくるから、夢見がよかったのよ、忘れたけど。と誤魔化しておいた。ほっといてもまだまだ口がにやけるから、朝ごはんを食べることで誤魔化す。いつもと同じメニューなのに、いつもよりおいしく感じられるのはきっと黒子くんのおかげだ。
 歯を磨いて、また服を着る。うん、やっぱりこれでいい。昨日塗ったばかりのマニキュアはキラキラ輝いて、今日の幸せを表すよう。
 黒子くんに少しでもかわいって言われたくて、大人っぽいって思われたくて、買ったばかりのブーツも履いてみた。待ち合わせ時間には大分早いけど、周りをぶらぶらすれば十分楽しめるはず。
「行ってきます!」
 私は意気揚々と家から出て行った。



 駅に着くころになると、私の足は少しだけ痛くなっていた。自分なりに少しは靴を広げたんだけどなぁ。中敷き、いれたのになぁ。絆創膏とか重ねて貼ればよかった。痛い。帰って履き替えるほど時間もないし、かといって買うのも微妙だし。待ち合わせ場所近くのベンチで座って黒子くんを待つ。少しでも足が回復するように気を付けながら。
「おはようございます。お待たせしました。早いですね、さん。」
「うわぁ!!!お、おはよう、黒子くん。」
 びっくりしすぎて変に声が裏返っちゃった。黒子くんは相変わらず気配を消しているように私の後ろに立っていた。ものすごくびっくりした。ドキドキして心臓が痛い。
「私服、すごく可愛いです。」
「あ、ありがとう。その、黒子くんもいつもと雰囲気違ってびっくりしちゃった。」
 一生懸命選んだ甲斐があった!黒子くんはちょっと頬を染めながら私に言う。黒子くん可愛い。ほんとに好きだ。そんな気持ちがばれないようにすぐさま立ち上がって黒子くんの隣に立つ。
「じゃあ、行こう。ね、どこ行こうか。」
「……そうですね、とりあえず、ここから出ましょうか。」



 初めてのデートのくせに私たちはどこに行くかノープラン。でも、黒子くんと一緒ならどこでも幸せだ。ただ――足が。足が限界に近い。まだ5分も歩いていないというのに。可愛さだけで選んだこの靴、大失敗だったなぁ。黒子くんと一緒だから、痛みに耐えられるものの、一人だったら泣き出しそうなくらい痛い。
さん、足、痛くないですか?大丈夫ですか?」
「この靴、見た目で買っちゃって。でも、大丈夫だよー!そんなに痛くないもの。」
 黒子くんを思えばこの痛みだって幸せに変わる!はず!安心させるためににへへと笑うと、黒子くんは呆れたように、私の手を取って近くの喫茶店に入る。カランカランとドアが鳴ってマスターに来客を知らせる。喫茶店は落ち着いた雰囲気で、マスターがいらっしゃいませ、と渋い声で私たちを歓迎した。黒子くんは私を気遣いながら一番奥の席に私を連れて行った。ちょっと奥まっていて、なんとなく店内に私たちしかいないような気がしてしまう。マスターに飲み物を頼んだあと、黒子くんは気遣わしげにこちらを見る。
「足、大丈夫ですか?」
「え、だ、大丈夫だよ?」
 ばれてたのか。ちょっと後悔しながらも一生懸命ごまかしてみたけど、すでにどもってしまった。悲しい。黒子くんに可愛いって言われたかっただけなんだけどな。
さん、足ひきずってました。ものすごく痛そうです。」
 気をつけてたつもりなんだけどなぁ。黒子くんに心配かけたかったわけじゃないのに。しょんぼりしながらコップの水を眺めて、一口飲む。あ、ちょっとだけレモンの味がする。微妙な空気が流れる中、マスターが私と黒子くんの飲み物を持ってきてくれた。一口飲むとなんだかほっとする。ここのカフェオレ、美味しい。
「あの、別にその、怒ってるわけじゃなくて。僕のためにさんが無理するの、嫌なんです。」
 黒子くんは自分のココアを一口飲む。
「そっか…。なんか、ほんと、心配かけちゃってごめんね。」
 私、浮かれすぎてたなぁ。ものすごく反省しながらカフェオレをもう一口。さっきよりも苦い気がする。
「僕は、ありのままのさんが好きなので、無理する必要なんて無いです。これ飲んだら、靴を探しに行きましょう。」
「そうだね。ありがとう。」
 黒子くんの無意識な恥ずかしくて嬉しい告白に、そっけなくしか答えられない自分がこどもで嫌だ。そんな私すら包み込んでくれる黒子くんはやっぱり誰よりもかっこよくて大好きだ。
 カフェオレはまだたくさん残っている。飲み干すまでに一回くらいは黒子くんを赤面させてやりたいものだ。