……。そんなに大きく口を開けて食べないでください。はしたない。」
 呆れた声ではじめが私に言う。
「ハンバーガーを大口開けずに食べる方法があるなら教えてほしいわ。」
 はじめを馬鹿にしてから、私は忠告を無視してファーストフードのハンバーガーをまた一口。ぼとっとケチャップがトレーに落ちたけれど気にしない。潔癖症で健康に気を使うはじめにとっては、100円のファーストフードなんて、何が入ってるかわからないし、手は汚れるしでたぶん最悪な食べ物なんだと思う。私の持つハンバーガーに嫌悪の目を向けている。まぁ、私はおなかがすいているんだし、許してもらいたい。私は朝ごはんを食べる暇がなかったのだから。

 私とはじめは、正反対だ。とある歌の歌詞を借りて言えば、数字でいうなら6と9だ。まぁ、その歌は失恋の歌で、わたしたちは別れてないけれど。
 はじめは、本当に潔癖症。彼が憎く思うものはなにもハンバーガーだけじゃない。手が汚れるから、という理由だけで書道が嫌いなはじめと、小難しいことを考えないで済むから、という理由だけで美術が好きな私。もちろん、私は絵具で手が汚れようと気にしない。あとで洗えば済むのだ。多少絵具が落ちなくてもまあそのうち落ちるだろう、人生は長いのだから。そう思うのだけれど、彼はそもそも汚れるのが嫌なのだ。根本的に考え方が違うのだろう。
 以前、たまたまはじめの部屋の写真を見て、いやはや、やはりはじめというか、整頓された部屋に、私にはあんまりわからないなんとか調の趣味全開の部屋で、なんというか、納得せざるを得なかった。頷くしかなかった。
 一方私の部屋はというと、はじめが見たらたぶん、倒れると思う。絶対私の部屋には入れられない。物に溢れ、散らかっているうえに、まあなんと小汚い。散らかる授業のプリント、零れ落ちそうな本。本棚の漫画は巻数もばらばらに入ってる。テニスのデータを扱うはじめからしたら、こんなに整頓できない私を、たぶん数時間は説教するだろう。いやいや、世の学生すべてがはじめのようになったら、たぶんこの国はもっと発展してただろう。秀才産出国家になれる。
 私はぐうたらで、元々の要領の良さだけでテストも適当にお説教を食らわない程度であしらい、その微々たる労力以外はすべて趣味に費やして楽をしているけれど、はじめはきちんと努力して上位成績者として名を馳せている。テニスだってきっとそうだろう。はじめは私と違って、努力家でもあるのだ。

 こうやって私とはじめを比較すればするほど、よくもまぁ、はじめは我慢できるものだ、と思う。いつもそう思う。はじめの潔癖症から言って、私のずぼらさはたぶん、許せるものではないはず。それほどまでに私の容姿を気に入ってるのかな、と思う。
 私は内面こそ最悪で、ずぼらで、適当で、女らしさのかけらもないけれど、どうやら人に好まれやすい容姿をしているらしいのだ。「らしい」となるのは、私が私自身の容姿に興味がないからだ。容姿なんて所詮いつかは衰えいくもの。それがその個人を評価する対象になるということが、私にはあまりよくわからない。努力したうえで褒められるならまだしも、努力もせずに得た生まれ持ってのものを褒められたところでなんら嬉しくもない。
 ただ、私の容姿という評価が、幻想が、多数の男の子を惑わしたのは事実だ。彼らは私に愛の告白をし、私はその中から適当に、それはもう、あみだくじで選ぶくらいの適当さで、告白を受けたり断ったりした。初めて告白を受けたときは、嬉しくて、どうしようと悩んだものだったけれど、それも今や遠い昔。そういったものがいかにめんどくさいかは徐々にわかっていった。断れば自動的に悪者に、承諾すれば数か月後に悪者になるだけだった。彼らが付き合いたいものは、彼らの中の幻想の私であり、私自身ではなかったので、彼らの幻想が砕け散った時、私はいつも悪者となり、その関係が終わるのだった。ただ、幻想を砕かれる人には悪いが、その間は告白を受ける頻度が極端に減るので、定期的に誰かの幻想を壊すことにしていた。我ながら汚い人間である。
 そんな私にはじめは告白した。たまたまその時、彼氏なるものがいなかったから、その告白を受けただけだった。彼の告白を私は覚えていない。どんなことばだったかなんて全く記憶にない。いつだったか、具体的な日付も覚えていない。たぶん、去年の秋だった、ような。まあ、それくらい適当に、ただタイミングが良かったからというだけだったのだ。

 はじめも、他の人と同様に、たぶん私の幻想から告白した口だと思う。でも、はじめは他の男の子たちとは違った。彼は、他の人のように幻想が砕かれても、私を遠ざけたりなんてしなかった。はじめも私の内面を覗きみたとき、えらく驚いていた。でも、幻滅なんてせず、毎回毎回、お前は私の母親か、と思うくらい注意した。私はあまりその注意に耳を傾けなかったけれど、それが半年を超えたとき、はじめが本当に私のために注意してくれていると気づいた。だからといって、私は今までの私を曲げるなんて器用なことはできないけれど、それでもはじめには本当に感謝している。彼のことにきちんと興味を持ち始めたのも、このときからだ。彼が潔癖症なこと、努力家なこと、テニスに一生懸命なこと。
 はじめが、私なんかにはもったいないことに気づいてから、私は私なりに努力をし始めた。彼に知られないように密かにテニスのルールを覚えた。デートも自分から誘うようになったし、デートのときはある程度おしゃれするよう気を付けた。あれだけ容姿で評価されるのが嫌だったのに、はじめに評価されるためにファッション雑誌を買ってる自分に苦笑した。まあ、ファッション雑誌を買ったところで、はじめの趣味には適わなかったし、そもそも彼の趣味は私には理解できないものだったから、その点は妥協したけれど。

「ごちそうさまでした。」
 考え事をしながら食べ終わる。ごはんを食べているときに、会話しないようになったのは、明らかにはじめの影響だ。はじめが私にウェットティッシュを渡してくる。食べる前なら私も気にするけれど、食べ終わった後も拭くか洗うかしないと気になるのがはじめだ。私は、ありがとうと言って受け取る。たまには私がウエットティッシュでも差し出そうか。
 デートはまだ始まってすらいない。私が寝坊したせいで朝ごはんを抜いたから、予定より15分も遅れてしまった。それでもはじめと一緒に行こうと約束した紅茶屋さんはいまごろ開店したころだろう。少し短くなってしまったけれど、二人で過ごしたことは変わらないと思う。

それでも僕らは愛し合っている


 私はずぼらで適当で、汚さなんて気にしないから、潔癖なはじめが汚れてしまっても、今の気持ちは変わらない。はじめが汚れてしまったら、その時は私から彼に好きだと伝えよう。