今日はとてつもなく寒い。けれど、その寒さが逆に身を引き締めるそんな素敵な冬日和だ。そんな清々しい朝も、学校に着いて渋沢くんの席を見れば瞬時に最悪最低デーに早変わり。例年通り、彼の机の中はチョコレートと彼を愛する可愛い女の子たちの気持ちで溢れかえっていて、私は自分の持ってきたものをそっと鞄に仕舞い込んだ。

 うちのサッカー部のレギュラー陣は、ものすごくモテる。名門といわれるだけあって、サッカーがものすごくうまい(らしい)し、去年もあのニヤニヤ三上もどこがいいのか紙袋いっぱいにチョコレートをもらっていた。三上と仲が良いあの黒子の後輩くんも結構チョコレートをもらうんじゃないだろうか。見た目はかっこいいのに性格は可愛いらしいから、ギャップ萌えだし。まぁ、間宮くんがチョコレートもらう姿はちょっと想像つかないけど、コアなファンもいるかもしれないから、やっぱりレギュラー陣はそれなりにモテると思う。それは、引退した今年も一緒のようだ。よく考えれば、高校もそのまま上がる私たちには引退なんてあんまり関係のない話だったのかもしれない。本当に腹が立つほどよくモテる集団である。
 さて、そんな羨ましい集団をまとめあげていたのが、渋沢くんだ。渋沢くんと私はクラスメートで、友達で。他の女子より一歩リードしている状態だ。渋沢くんは誰とでも仲良くなるけど、私はそんな中で一番仲が良い!はず。たぶん。自信はあまりないけど。「渋沢くん」に「さん」だし。いやいや、ネガティブはだめ!そんなわけでまぁ、とにかく私はそんな状態から一歩抜け出したいのだ。
 そんなやきもきした乙女心をなんとかする絶好のチャンスは、どうやら私にだけ与えられていたわけじゃなかった。今、切に感じている。どうして気づかなかったのか。今朝まで浮かれていた自分に殺意が芽生える。渋沢くんの机の中の彼への想いは本当にかわいらしくて、ピンクや赤色でそれぞれ個を主張している。それでも私の席から見ると、その赤やピンクはまとまってカラフルなひとつの大きな彼への愛情に見えるし、その様はまるで今日までの町中の様子にそっくりで可愛い。私の持ってきたものと正反対だ。
 溜め息をつきながら、1時間目の用意をする。今日の1時間目は国語。よかった、美術とかめんどくさい教科じゃなくて。もしそうだったら今日最悪すぎて辛いもの。いつもは早めに来る渋沢くんは、まだ見かけない。机の横に鞄だけが掛かっていて、たぶん今頃呼び出されているんだろうなと想像がつく。
 それから一日はあっという間に過ぎていった。バレンタインといっても普通の日なのだ。だから、渋沢くんがたくさんの「好き」の気持ちを紙袋に入れるところを見たとしても、彼がいつも以上に多忙で、話しかける隙すらなくても、今日は普通に24時間しかない。彼を眺める日々はいつも通りだけれど、いつもなら休み時間に一度くらいは馬鹿な話をしに行けるのに、今日は全く無理。授業中に彼の後姿を見るのが精いっぱいで、昼休みすら彼を見かけることはできなかった。無情にも鳴った放課後を告げるチャイムを聞きながら、私はとりあえず今日の宿題を机の上に出す。明らかに待ってるそぶりは見せたくないもの。やる気のない宿題を机に置いて、文字を書く気なんてないシャーペンを握りながら、今日の彼の対応をまた想像してみる。誠実な彼のことだから、告白を受けるにしても、断るにしても極力真摯な態度で対応しているんだろう。
 ガラッと教室の扉が開く音が聞こえて、期待して振り返ると、そこにいるのは期待外れの三上だ。
、もう少し落胆した表情隠せよ。」
 三上が溜め息をつきながら、自分の席に置いてあった紙袋にがさっとまた結構な量のチョコレートを入れた。案外適当な扱いをするものだからびっくりした。
「そんな落胆してた??おかしいないつも通りだよ。」
 私は苦笑しながらノートに視線を移す。相変わらずなにも進んでいないノートだ。そんな私にさっきよりわざとらしく三上は溜め息をつく。
、渋沢にチョコやるんだろ。さっさと渡してこいよ。あいつ、ああ見えて毎回本命チョコ寮でぶっちぎりの一位だぞ。」
 それは知らなかった。知りたくなかった。今日、渋沢くんが告白を受けることも想像できてはいたものの、馬鹿みたいに一人教室で待っていた私の心には「本命チョコぶっちぎり一位」の事実は心に痛かった。三上が意外に世話焼きなのも知ってるから、その行為もまた心に痛い。ふと三上の紙袋の中のチョコレートが目に入る。中には渋沢くんの紙袋の中味と変わらない好きっていう気持ち。私が用意したものと比べるべくもない、きれいで豪華で。
「三上、これもあげるわ。」
 気づいたらそう言っていた。来年はもっとちゃんとしたの用意して、告白するんだから!なんて無理やり笑いながら、私のバレンタインの贈り物を渡そうとしたら、急に教室のドアが開いた。渋沢くんだ!私が一瞬固まったのを見て、
「渋沢、からお前にだってよ。」
 三上は、私から奪い取ってすぐさま入ってきた渋沢くんに放り投げた。おぉ…。あんな扱いを受けてなんと哀れな。渋沢くんはさすが守護神。ナイスキャッチです。その間に三上は、そそくさと鞄と紙袋をひったくるようにして気づけばもう、教室のドアの前。貸し一つなーなんて言いながら気楽に教室から出て行った。
 教室には私と渋沢くんの二人きり。今朝学校に来るまではずっと願っていたシチュエーションだけど、今の私には大変居づらい。渋沢くんは、自分の手の中にある豆大福(コンビニで1個113円)をしげしげと見つめている。
「この豆大福……。いつも俺が食べているやつだな。」
 そりゃそうだ。渋沢くんに本当はちゃんとした和菓子屋さんの豆大福を買ってあげたかった。だけど、朝学校に行く前は和菓子屋さんは閉まっているから、仕方なく渋沢くんがいつも買ってるやつをわざわざ選んできたんだから。その方が渋沢くんに負担無いかなって思ったんだけど、今となっては後の祭り。ちゃんとしたチョコレートを買えばよかった。豆大福が恥ずかしくて俯いたままの私の頭を渋沢くんが撫でる。渋沢くんの手は大きくて優しい。
「俺の実家は、和菓子屋でな。だからかはわからないが、豆大福が好きなんだ。俺が教えるから、よかったら来年はもっとちゃんとしたの手作りの豆大福にしてくれないか?」
「うん!ちゃんとしたのあげる!」
 すぐさま顔をあげて即答した。渋沢はいつも通り優しいまぶしい笑顔。

「あぁ、でも。すまないが、告白は来年まで待てない。早くしてくれ。」

君のためのメランコリー