「シズちゃん……。大丈夫、なんでも、ないよ。」
「なんでもないなんて顔じゃねぇじゃねぇかよ。」
 無理矢理作った顔を俺に向ける。本人は笑ってるつもりだろうが、全然俺にはそんな風に見えない。俺は怒りに周りの物を投げ飛ばしたい衝動に駆られた。俺の知ってるこいつは、もっといつでも強気だったのに。

 は俺と幽の幼馴染だ。俺の力がこうなる前からの付き合いで、今では想像もつかないが小さい頃はのほうが力が強かった。小さい頃から俺は短気だったが、は勝気だった。じゃじゃ馬だった。幼稚園でおもちゃの取り合いをするのはいつもとだったし、かけっこだってライバルはだった。幽はいつも審判で、冷酷に俺の敗北を告げていた。そう、俺は全ての戦いでいつも負けていた。男のくせに情けねぇ。
 そんな俺たちの力関係は、小学校3年生で呆気なく終わりを告げる。俺の力が強くなってきたせいだ。周りは俺のことを怖がり、気持ち悪がった。言うまでもない。短気は相変わらずだったし、その上この怪力だったからだ。俺のことを怖がらない人間は、数えられるほどになった。その中で、俺への接し方を変えない人間はさらに少なかった。……家族以外ではしかいなくなっていた。
 はたぶん、馬鹿なんだと思う。相変わらず俺とライバルでいようとしてくれた。さすがにもうおもちゃの取り合いもしなかったし、かけっこもしなかったけど、テストの順位なんかで戦った。俺は結局テストの順位で勝てたことはなかった。その度にプリンを奢らされて、お小遣い制の俺には痛い出費だった。ちなみに別にが賢かったわけじゃないし、俺が馬鹿だったわけじゃない。単純に入院ばかりしていた俺は授業に出ているに負けていただけだ、と信じたい。には負けたくない。これは今でも俺の心がそう言っているんだ。

 入院している時は、がノートやプリントをせっせと運んできてくれた。怪我の入院は、とてつもなく一日が長い。外から聞こえる子どもたちの遊びに行く声は拷問だ。俺は遊びにいけない。アニメは朝と夕方の一瞬だけ。テレビのワイドショーなんかはおもしろくない。教育テレビは一週間に何度も同じ再放送。だから俺は、が来るのを密かに楽しみにしてた。たまに新羅がについてきたときは、病室が騒がしくって、そんな状況をただ冷静に見ている年下の幽が一番年上に見えただろう。俺はそういう騒がしい見舞いが一番楽しみで、嫌いでもあった。相部屋といえど、大抵子どもは入院なんてしていない。骨を折った老人なんかがほとんどで、俺は騒がしい見舞いのあと、いつも以上の孤独に苛まれないといけなかったらだ。
 病室の夜はとても早い。家なら無い消灯時間によって夜が作り出される。もしも一人部屋なら、テレビを見ることもできただろうが、相部屋の俺はただただ布団に包まって寝るしかできない。がなんでか持ってきたぬいぐるみは、寝る時正直邪魔だった。俺は男だからいらねぇって言ってもなんでかは聞かなかった。毎回違うぬいぐるみを持ってきては、退院するときに持って帰ってた。本当は少しだけ、のぬいぐるみで寂しさも慰められてたが、男のプライドがそれを言うことは許さなかった。この退屈な時間から逃げるために俺の回復力は上がっていったんじゃないかと、俺は密かに思ってる。まぁ新羅とかに言ったら嘲笑されそうだけど。

 中学校に入った頃には、悲しいことに俺は不良として有名になっていた。新羅は中学が違うから、俺の周りにいるのは家族以外では本当にだけになった。は相変わらず俺にテストで勝負を挑んで、俺に勝ってはジュース代をせしめてた。そんなセコイやつなのに、予想外に男にモテた。俺からみたら幼稚園の時と同じく勝気で、いつも俺のそばに居てくれた友達だ。それでも、告白を悉く断り続け学校でもっとも高嶺の花なんて裏で言われていたらしい。俺は思ってた。は付き合うとか以前にまだまだ子どもで恋とかしたことがないって。俺は好きな子が度々いたけれど、はそういう話は一切しなかったし、そもそもこいつの口から出ることばと言えば、ほとんど食べ物の話だの、テレビの話だのしかなかったからだ。

 そんな子供っぽいが泣いている。俺は、もう一度、声をできる限り優しくして、俺なりに頼りがいのある優しい顔で聞いた。
「だ、れ、が、泣、か、せ、た、ん、だ?」
「泣いて、ないし。怒っちゃだめ。」
 目から出てるもんはなんだっつーんだよ。俺の怒りがすでに頂点を振り切ろうとしている時に、のんきにが俺の拳を手で包む。
「私がきちんと自分でケリをつけるからいいの。シズちゃんは昔から優しいから、人を殴れば心を痛めるでしょう?」
 私は案外悪い人間だからね、すぐに何倍返しにしてくるから、なんてまた笑顔ともつかない変なくしゃくしゃの顔をするから、今更自分が守られてることに気が付いた。いつだってお前が一歩リードしててむかつく。


それでもお前が俺を頼ってくれるようになってほしくて、俺は悔しくて一人になって泣いた。

君にあわせる成長速度