夕立がやんだあとの夕日は、各段に綺麗だ。柄にもなくそう思う。そんな時に川原で紙飛行機飛ばしてるクラスメイトを見つけたから、声までかけてしまったんだろう。普段なら挨拶だけで通り過ぎるところだったけど、これは決してナンパじゃない。
「なにしてるの、ちゃん!てか、ずぶ濡れ!」
「青春の1ページでも刻もうと思って!いやーさっきの夕立にまぁ、やられたよねー。」
 頭から滴り落ちるしずくが、頬を伝って顎から落ちるさまは、なんだかなまめかしい。俺の邪まなへの感想をよそに、彼女は何やら紙を折っている。
「てかさ、何してんの?」
「部活の原稿用紙、折ってんの。むしゃくしゃしてるから!青春でしょ?」
 むしゃくしゃしてるわりに明るい声で、なんだかこっちが混乱してしまう。
「部活?てか、それ何書いてんのー?」
「文芸部なの!これ?サスペンスだよ!怨恨が紙からあふれ出しそうなサスペンス!いえーい!!!甘ったるくて腐るような恋愛小説だったら、私も女子力とか付くのかな?」
 知らねーし。と思いつつも、なんだかこの奇妙な行動を川原でするに魅せられて、とりあえず、付き合うことにした。

 俺の隣の席は、が座ってる。彼女は、びっくりするくらい普通。テンションも普通。100人の中から見つけろって言われたら無理!って言ってしまいそうなぐらい普通。いや、普通よりちょっと大人しめな感じ。スカートも膝丈だし、目立った行動もしないし。隣の席だから、まあ挨拶ぐらいはするものの、そんなしゃべらないし、まぁちょっと消しゴム借りたりとかする関係だった。ほんと、そんながこんな川原でずぶぬれになって自分の原稿を紙飛行機に折って飛ばすとかいう謎の行動は、正直言って意味不明すぎる。それでもなんだか、「青春」を体現している彼女はよくわからないけれど、とりあえず、なんだかおもしろそうだと思ったのだ。

 隣に座って、の奇行を見守る。手だけは濡れてないらしく、張り付く様子もなく紙飛行機を折っていく。特に丁寧に折ってるわけでもなさそうで、ずれてもあまり気にしていないらしい。もしかしたら、彼女にとって、丁寧さよりも早さが大事なのかもしれない。俺が来る前から折ってたから、慣れてるのかもしれないけど、すごい早さだ。指の動きを見てるだけでも、十分おもしろい。ペンだこのできた指は、彼女が真面目に部活動に勉強に勤しむせいだろう。

 適当かつ乱雑に作られたように見える紙飛行機は、意外に高く遠くまで飛ぶようだ。

 舞い散る原稿用紙は、一体どれほどたくさんの言葉が詰まっていたんだろう。俺には想像もつかないストーリーが、夕日をバックに川や川原に落ちていく。青春の不法投棄だ。ちらっと見える「好き」のことばは、きっとが嘘をついた証拠だろう。「甘ったるくて腐るような恋愛小説」は、バラバラにされて、彼女の元を離れていく。
「なーちゃん。いいの?苦労して書いたんじゃねーの?」
「苦労して書いたよ、もちろん!だからすでにデータは入稿済みだよ、高尾くーん!私は抜かりないのだよ。」
 はっはっはっは、と笑い声をあげながら、最後は真ちゃんの真似までして、のテンションはマックスだ。
「高尾くんは、なんか飛ばさなくていいの?てか、高尾くん部活やってんの?」
「ひでーな、ちゃん。俺、バスケ部でスタメンよ?」
「あ、そーなの?じゃあバスケットボールでも投げる?それとも、バッシュ?」
「投げねーって。俺、真面目にバスケ愛してるの!」
「じゃあ、テストでも。あ、教科書でも投げたら?」
「そこまで勉強嫌いじゃねーよ。」
「えー!こんな青春の場に居合わせといて、高尾くん、愛想わるーい!」
 は、相変わらずテンション高めにすごい勢いで紙飛行機を作って飛ばす。残りは3分の1ぐらいだ。
「俺も手伝おうか?それ飛ばすの。」
 立ち上がって手伝おうとすると、慌てて止められた。だめ。これはね、お葬式なの。と、は、呟いた。
 逆光でよく見えないけれど、なんだか声が真剣だったから、俺はまた黙って隣に座った。はまた、紙飛行機を飛ばす。俺はなんだか少し遠慮してしまって、黙ろうかと思った。けど、はまたものすごいテンションになって、今日の夕飯の希望だの、テレビの話だのをし始めたから、俺はまたギャハギャハ笑いながらの話に乗った。

 夕焼けもだいぶ落ちて、空は少しずつ蒼く染まり始めた。ちらりと盗み見ると、は、とても綺麗な顔で真剣に紙飛行機を投げていた。授業中に目に入るの顔じゃなかった。綺麗に見えるのは、きっと、夕立に濡れてるっていう理由だけじゃない。相変わらずテンションだけは高かったけど、それは、話してる内容だけで、紙飛行機を投げるその姿だけを見れば、「お葬式」と言われても、納得のいく雰囲気だった。たとえ、彼女の話す内容が巨乳の見分け方だったとしても。そのアンバランスさが、強がる彼女を、儚くてなんだか物悲しいものにさせた。

 最後の一枚を紙飛行機にして飛ばした後、ありがと、付き合ってくれて。と、ぼそりと呟いた。「俺たち、友達じゃん。気にすんなって!」と明るく答えたのに、は、高尾くんも、なんか投げたくなったら私、付き合うからね、と、また静かに綺麗に微笑んで囁いた。

 後日、俺はがその日、恋をひとつ失ったと、風の噂で聞いた。