財前くんは意外に熱い男である。

 私は今日の朝まで、財前くんは無駄なことなどしない、というかめんどくさくてしたくないタイプだと思っていた。財前くんはいつだって気怠そうにというか、ほんとうにダルそうに授業を受けてる。彼が年相応にはしゃぐ姿なんて想像できない。
 だから、今日の日直の仕事も当然やる気なんてなく、黒板消しをかってでるか、もしくは私がすべてをすることになるかと思っていた。
 ところが、財前くんは意外にマメだったらしい。私の予想に反して、財前くんは日直に積極的だった。日誌は、財前くんが引き受けてくれることになった。黒板消しは私担当になったけれど、私が黒板を上まで消せないことに気づかれてしまい、
、ほんまチビやな。俺が黒板やるからお前が日誌書き。」
と、言わせてしまった。そのあと、私の黒板消しをひょいっと奪い取って、黒板の文字をすぐさま消し去ってしまったのだった。

 字が汚い私は黒板消しがよかったけれど、身長が足りないのだから仕方がない。
 日誌を開くと、意外にきれいな財前くんの字が飛び込んできた。しかも、ものすごく要点がまとめられた日誌だ。財前くんのノートもさぞかしわかりやすく書いてあるんだろう。ってか、なんだこの日誌。レベル高すぎて私、書きにくいんだけど。
 そう文句をつけながら、私は今日の日誌を書いた。途中から人が変わってるのがバレバレだ。まぁ、さっさと帰れればそれでいい。私は適当に日誌を書いた。

 しかし、神はそんな適当な私を許しはしなかったのだ。
 終礼時に、先生は非情にも「ちょっとあとで日直の二人、職員室に来て」と不安をあおる宣言をした。もちろん、予感は的中し、雑用を押し付けるために私たちは呼び出された。山のように、は言い過ぎにしても結構な量の資料をホッチキスとめ。テスト期間中なんだから、やめてほしい。家に帰って勉強をするわけじゃないけど。さっさと家に帰ってぐだぐだテレビでも見たいのに。
「うだうだしてらんとちゃんと手動かし。全然進んでへんやん。しかも雑やわ。」
「いや、こんな雑用頼まれて笑顔でちゃっちゃとやってけないよ。」
「笑顔やなくてえぇから早しぃや。」
 財前くんは器用にホッチキスをとめていく。定期的に聞こえるその音は、まるで音楽のように聞こえてくる。私もしぶしぶホッチキスをとめる。財前くんのようにリズミカルにとめていきたいところだけど、私はあいにく不器用だし、汗がプリントにひっついて上手にとめられない。
「つかさ、暑くない?なんでこんなアホみたいに暑いところでこんなことをしないといけないんだろうね。なんで放課後はクーラー入れちゃダメなんだろうね。私たちの学費で賄ってるくせに。内緒でいれちゃわない?」
「まだ耐えれるやろ。、我慢してさっさとやり。」
 財前くんは涼しい顔をして言う。一方、私は相変わらず悪戦苦闘しながらホッチキスをとめるせいで、体が熱い。ただでさえ暑いのにこの頑張りのおかげで倍増だ。むしろ何乗増しだ。たぶん顔に「暑くて死ぬ」と書いてあるはずだ。ただ、財前くんは手元の作業に夢中で、私には見向きもしないので、そのことには気づかないようだった。
 もしかして、私だけが暑いのかな。
 急に不安になってきた。もしかしたら、私はなんかよくわからない病気で、世界が暑く感じられるのかもしれない。ありえない。今日の昼間、授業中にクラスメイトの一人が「あついーーーー!」と叫んでクーラー大嫌い派の先生に怒られてた。アホだ。でもいま、私はそのアホとなんら変わらないくらい叫びたい気持ちでいっぱいだ。

 とりあえず、暑すぎるので一言財前くんに声をかけて手を洗いに行くことにした。暑い。でも、手を洗ったら少しさっぱりした気がする。
「財前くん、ありがと。ちょっと暑いのましになった。ほら、お礼。」
 私はそっと財前くんの首に手を添わせた。さっきまでの流水で冷やしたから冷たかろう、とニヤニヤしながら。しかし、私の予想に反して財前くんの首はそんなに熱くなかったので、残念ながら財前くんの「ひゃっ」みたいなかわいらしい声は聞くことができなかった。
「あれ、財前くんって体温低。だから熱くないの?」
 財前くんを覗き込むと、予想外に真っ赤になってる。どうやら固まってるらしい。
「冷たいでしょ?気持ちいいでしょ?」
 ニヤニヤしながらもっとぺたぺた財前くんにさわる。やっと財前くんは正気に戻ってきたらしく、私の手を嫌そうにはがす。
「えー。もしかして、クールに見せて意外にウブなんですか、財前さ〜〜〜〜ん!」
 私はまだまだからかい足りなくて財前くんにうざくからむ。財前くんはめんどくさそうに私をかわしながらめんどくさそうに外を見る。
「お前のこと好きやからしゃあないやんけ。あぁ、もうかっこつけてたかったのに。」
 財前くんなりの照れ隠しなのか、私の頭を容赦なくわしゃわしゃし、私の髪の毛は爆発するはめになった。今度は私が顔を真っ赤にして固まる番だ。

 私たちの作業はまだ、半分も終わってない。私はこの気恥ずかしい空気の中、黙々と作業をしなくてはならない。だけど、どうしてもこのめんどくさい作業を言い渡した先生を恨む気にはなれなかった。