体中がミシミシ痛い。
 この感覚は、国であるなら誰もが通る経験だと思う。まるで細胞全てが作りかえられてしまうような痛み。実際、僕の体の中はすべて作り変えられている。僕の体の構成要素。人とは違う、僕らの構成要素。愛すべき僕らの構成要素たち。それが徐々に怯えを増し、そして消えていく。
 そんな彼らの怯えと消失を体中で感じると、もしかして、僕まで消えてしまうんじゃないだろうか、という心細さが生まれてくる。実際、消えてしまう子もいるわけで、ぎりぎりなぜか存在するプロイセン君なんて、ほんと、例外中の例外だ。僕は、消えてしまいたくない。かといって、プロイセン君のように気楽に残れる自信はない。いつか消えてしまう恐怖と闘いながら、ゾンビのように生きるのだとしたら、僕はきっと狂ってしまうだろう。そんな妄想が頭をよぎる。
 ぎちぎちミシミシ痛い体を横たえて、辛い妄想に苦しまされる。他の国はどうなのか知らないけど、僕はいつだってこんな痛みと心細さには一人で耐えていた。いつだってそう。その時にはもう、僕に構えるほどみんな暇じゃなくなるから。そもそも、暇どころか消えてしまうことだって多いんだから、僕なんかに構ってられないんだ。

 僕は、もうここ数日体も動かせない。目蓋すら上げられない。何年ぶりだろう、久々の感覚だ。いつもなら、僕はひとりぼっちだ。この痛みと、消失への恐怖を一人で抱えて苦しむ。
 だけど、今は僕の大好きな が一緒にいてくれる。それは、見えなくってもわかる。の優しい雰囲気は、そばにいるだけでわかるし、こんな時に手を握ってくれるのは彼女以外にありえないから。
 は、僕が倒れてからずっと傍にいてくれている。たまに手を握ってくれたり、頭を撫でてくれたり。僕は体が痛くて何も反応できないけど、それでもは、僕の傍にいて、毎日何があったのか囁いてくれる。僕が傷つくようなことだけを避けて。綺麗で優しいことばだけを、僕に。僕が気づかないとでも思ってるのかな。何が起こっているかなんて、体の痛みがすべてを教えてくれるのに、優しいは、優しいことばで現実を歪ませて僕に教えてくれるんだ。まるで現実を認めないかのように。僕は動けないけれど、現実は見えている。は、動けるのに現実が見えない。正反対だけど、僕らは同じように怯えているんだと思う。僕が消えるかもしれない現実に。
 は、そんな現実に対抗するために僕に呪うみたいに「愛してる」のことばも必ずくれる。僕には、その呪いがあまりにも甘美で少しだけこの苦しみを忘れることができる。



 いつだったか、僕はに聞いたことがある。
 僕が、僕じゃなくなっても好きでいてくれるのかを。
 彼女は、「もちろん、愛しています。」と、返してくれた。
 もしも、僕が、僕じゃ無くなっても、きっと彼女は愛してくれる。
 その思い出が、僕の心細さを、少しだけ癒す。
 彼女だけが、今の僕を癒す。



 外から小鳥のさえずりが聞こえる。まるで生まれ変わったように、清々しく聞こえる。あれほど痛かった体も、今日はずいぶん調子がいいみたいだ。僕の瞼にちかちかと赤い光が射す。たぶん、これは朝日だ。体が痛くなってから、僕はちっとも朝の光になんて気づく余裕なんてなかった。だから、朝日を感じるなんてとても久々だ。点滅するように光が目に入るのは、きっと風の強い日だからだろう。鳥たちは風にも負けない。
 鳥たちに負けないように、勇気を出して、目蓋を押し上げる。見慣れた天井だ。何一つ変わらない。少しだけまだ痛い体で寝返れば、見慣れた白のシーツに、見慣れたベッド。それに、見慣れた君の姿。見慣れた姿だけど、は少し痩せたのかな。頬が少し、こけた気がする。そんなは、僕の横でぐっすりと眠っているのに、僕の手をしっかりと握っている。そんな姿に微笑みながら、繋がれた手を見る。

 僕の手は、遠い昔に見た、柔らかな手になっている。ずっと眠っていたからかな。僕の髪は、それなりに短かったのに、今じゃ、色の薄い髪は腰まで伸びている。僕の体は丸みを帯びて、まるでみたい。どうやら、僕だけちょっと変わっちゃったみたい。
 久々の体は、まだ慣れない。やっぱり少しだけ痛むし、髪は邪魔だし、脂肪だらけのこの体は重たく感じてしまう。はよくこんな体に耐えられるなあ。抱きしめると柔らかくて好きだけど、それが自分だと何にも楽しくないんだ。そんな不自由な体に生まれ落ちたは、僕を大事に思ってくれる。だから、僕は本当にが愛しい。まぁ、がそう生まれなければ、僕は君をそういう風に愛さなかったんだけど。

 そこでふと、不安になる。そういえば、僕がこんな体になってしまって、は僕を今まで通り愛してくれるのかどうかが。
 今まで、僕が苦しんでいる時に、ずっとそばにいてくれた人なんていなかったし、僕が体の痛みに解放されるときには、知ってる人はみんな死んでた。知ってる人が死んでるくらいだから、僕と仲が良い人なんて、もちろんみんな死んでて当然だった。だから、目覚めたときに僕と仲が良い人が、いったいどういう反応をするかなんて、僕は想像がつかなかった。その上、僕の体はこんなにも変わってしまったから……。

 あぁ、でも、きっと大丈夫だよね。だって、、僕が僕じゃなくなっても、愛するって言ってたものね。

 僕は、急に落ち着きを取り戻し、眠り続けるに口づけをした。僕の彼女への愛しさが伝わるようにと。
 ほら、が目を覚ます。ねぇ、どんな僕でも愛してくれるんでしょ。早く起きて、また今までみたいに僕を愛してよ。



ソビエト(Совет)→男性名詞。ロシア(Россия)→女性名詞。